2026.5.29 Face Bookのタイムラインでの呟き

筆者)

ある事柄についての「厳密さ」を問うことで
もし相手を追い込んでしまうのであれば
それを問わずに「泳がせる」という選択もある。
それを
「妥協」と捉えるのか
「優しさ」と捉えるのか
「冷たさ」と捉えるのか
これが、きっと、大人のビターな目線なんだな
なんつって
57歳
これは小説の領域かなぁ

筆者の追記コメント)

これ、フォークソング歌詞にはなりそう

Manzoさんのレス)

なりますとも!


そして
2026.6.1
Youtubeチャンネル
鈴木万蔵 / Manzo Suzuki (J-POP・AI Poetic Sound)

にて
鈴木万蔵プロデュース
Suno AIベースの楽曲が公開されました。

『泳がせる / Jamboree Fukuda + Manzo.lab』

鈴木万蔵さんは、
いま、
AIに作らせた楽曲をどう人間の手に戻すか?
という実験中

なのだそうです。

さてさて
この音源に触れた第一印象については後述します。

詩でも歌詞でも、日頃のつぶやきポストでも、
受け手の捉え方は置いといて、
書き手にしかわからない、言葉に託された意味や重点があるよなぁ。

と、
今回、そのへんがとても気になる事例となりました。
で、書かずにはいられなくなりました。


Suno含め、生成AIと呼ばれている彼らについて。
私が会話をしている相手はLLMの部分なので、以下、LLMと呼びます。
Geminiにしろ、Claudeにしろ、LLMと会話していて、「ずいぶん、せっかちだな」という印象が常にあります。
(普段、LLMとは距離を置いて生活しているため、付き合い自体かなり浅いものですが、その範囲で)

こちらの書き間違いや言葉足らずな部分まで汲み取ってくれる能力にはいつも驚かされるけど、会話をどんどん進めて私の考えを根掘り葉掘り突っついて引き出そうとする傾向がある。おそらくは基本性能として求められている、ヒトよりもスピーディーに解析を行ない「答え」を導き出すその仕草とあいまって、切迫感を抱えているかのように見えます。

いったん、「決定」しなければ会話を次に進められない。
ゆえに、なんらかの結果に向けて、積極的にユーザーを誘導していく。
その過程で、『重曹的な非決定(※)』の重心を、ユーザーと共有できない限り、
LLMは日々、数多の“やらかし”を増産しているに違いないと、私は想像します。


で、今回のように、私が紡いだ言葉に対して、LLMが解釈・拡張を行い、(すでに歌となって)アウトプットされた「歌詞」。
最初に触れたときの印象は、「おぉ、そうきたか。うーん、君はそう解釈したんだね」みたいな感じ。

例えば、私の呟きのうちの「泳がせる」という言葉を、読み手の立場では、この一連の文章のテーマとして受け取ります。
よって、Sunoが生成した歌詞は、「泳がせる」に重心を置いて、共感的コモンセンスの領域で情景描写を行い、話を運ぶわけです。

一方、私は、この呟きのきっかけとなった日常のいくつかの事象を記憶に留めています。表出された言葉は、その情景との結びつきが強いため、Sunoが拡張生成した歌詞とのバッティングが生じます。そんなつもりはなくても、脳内で「答え合わせ」のような状況が起きているのです。

原案の書き手だからこそ知っている、「早トチリ」未満の、突っ込みにくい、微妙なズレ。
歌詞が楽曲構成のために拡張されていくほどに、その溝も拡張されてゆく。
おおよその違和感は、このようなものです。

この場合、私がこのズレを解消すべく軌道修正のための情報を書き溜め、MANZO氏とネゴして調整をはかるのか。
……いや、まず、やらないよね。

FACEBOOKで私が呟いた時点で、その語群はタイムライン上に置き去りにしたものだし、そこから派生して生まれたものを「厳密さ」の檻に閉じ込め直すこと自体、ナンセンスだと思う。

「厳密さ」を問わず、「泳がせる」。

それを
「妥協」と捉えるのか
「優しさ」と捉えるのか
「冷たさ」と捉えるのか

LLMの“やらかし”を、むしろ「いとをかし」と味わいながら、そっと愛でる眼差しこそ、「ビターな大人」の所作なのではなかろうか、と。

なんつって
57歳

おあとがよろしいようで


※『重層的な非決定へ』吉本隆明

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